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2026/10

TAMAコミ・文房堂ギャラリーカフェ

に行った。

Plurality読了。難しい...

ブースに差し入れを渡している人を見かけて、ちょっと怖いなーって感じた。

作品が好きすぎての贈り物なのか、作家さん本人への気持ちなのか、 外からは区別がつかないところがなんとなく怖かったのかもしれない。

作品への想いと作家への想いが複雑に入り混じった何かを渡している、 というのもまあ、考え過ぎかもしれないが...ちょっと怖い。

自分は、作品を買って「応援してます」と伝えるくらいがちょうどいいなと思った。

ただ、結局は孤独だなぁという感覚が強い。 出口、私は何がしたいのだろうか。今日は楽しかった、といえば楽しかったが、いつもなにか虚しさが残る。

blueskyに登録してみた。絵師さんも結構つかっている方が多いし。 Xも良いとして、お迎え報告とかはこっちでやろうかな。

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  • date: 2026-10-04

RECTO VERSO GALLERYへ。 詳細はリンク先を見てね。

仕事のこと

本当は戻らないで別の仕事をしたい。 そもそも、素材メーカーの研究開発部門のなかでコーディングできる人が私しかいないから、 私がどれだけ頑張っても属人化するし、辞めたあとに保持する手段も担保できない、成長するにも独学以外の術がない。 休職以前からそういう疑問はずっと感じていたし、今の組織で私一人で突っ走るようなことをしても 組織のためになるかどうかもよく分からない。

これまでは分かる分からないの前にやるべきかやらないべきかで動いていたが、 最近はそういう理想を振りかざしても仕方がないのではないかというような気持ちになってしまっている。

丸善

ギャラリーから15分くらい歩いて久しぶりに大手町の丸善に行った。 『富の福音』という本が目に留まったくらいだろうか。ただ、新しい知見が得られるかは微妙な感じ。

AI

AIにすら一人で完結する内容が多すぎると言われた。

登山、読書、コーディング、イラスト鑑賞...まあ、確かに。昨日は久々に人と交流したが。

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  • date: 2026-10-03

午前中は読書とコーディング。明日には取引を入力できるようにしたい。

午後はお出かけ。gallery Artist Guild 魔女の工房展/The Tarot展へ。

わたしも、別に利益とか度外視でいいから絵師さんのためのスペースでもつくってそこでぼんやりしてるかプログラミングでもやってるような人生がいいな。

そこでコーヒーを淹れて、ミニマルな喫茶店にして、一隅にイラストレーターさんの作品を置いて…

これが私の理想なのかな。間違ってはいないような、理想の在り方みたいなものを見たような。

そんなことを整理していたら一日が終わってしまった。

あと、私が載せている写真、特にお迎え品の写真には透かし(watermark)を入れたほうが良いかもしれないとふと思った。

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  • date: 2026-10-02

コモンズデータの編集にハマる

今日も資産管理アプリの作成に励む。保有銘柄の追加、入力画面をつくった。 あとは株価や基準価額の取得、今の保有銘柄の登録をすればよさそう。

ただ、例によって突貫工事の感があるからもう少し丁寧につくったほうが良さそう。

夕方は散歩がてらに近所のショッピングモールまで歩く。 そこのスタバでアイスコーヒーを飲んだ。大した意味もなくコーヒー代を払う... 無駄といえば無駄だが、息抜きといえば息抜きで...

コモンズ

正式な呼び方か自信はないが、wikipediaやopen street mapみたいな公共のデータ資産を積極的に使うようにしている。

特に今日散歩に行った先のスタバもOSMには登録されていなくて、私が入れてあげた。えらい!

アトリエアールも入っていなくて追加、 wikidataも追加した。

https://www.wikidata.org/wiki/Q141613244

ほんの1件だけでも今までなかったものを追記できると貢献している感があって満足感を得られる。

  • wikimediaに会員登録
  • iNaturalist https://www.inaturalist.org/home という植物や動物の写真を同定できるサイトを見つけて登録。これもgoogle lensよりも公共性が高くてなかなか良さそう。
  • OSM、スマホにComapsというアプリを入れて入っていない店を登録。家に帰ってからOSMのHPで詳細を登録するようにしている。

もう少し使い方やルールをしっかり勉強したい。

モーニングページの要約

仕事の役に立つとか立たないとかを抜きにしても自分の手元でできる限りの情報を管理しておきたいという想いは 強く持っている。自分に価値はないと思っているのに、自分の行きた証のようなものは残そうとしている。 もう随分と前だが、ツァラトゥストラを読んだ時に超人思想というか、来たるべき偉大な存在のための踏み台になる というような考えがあったような気がする。私はそういう存在になりたいのかもしれない。私自身に価値があるかないかと言ったらたぶんないだろう。もちろん、人間なら誰だってそうだろうとも思うが。でも、それでも、未来の何かに対して役に立ちたい、あるいは、未来を損なうようなことはしたくないという想いがある。それが自分の奥底にあるものの一つなのかもしれない。

自立していたいという感覚と何かと繋がっていたいという感覚、ただ、身近な何かとのつながりを求めるというよりは 遠い過去の存在から学んだり、まだ生まれていない未来のなにかとつながる、そういうことが行動に現れているような感じもする。

もちろん、結局は自分のためにというのが行動原理になっていることは間違いない。でも、そこは最小限で良くて、 その最小限がどの程度なのかはわからないが。

とにかく、忘れたくないのだと思う。自分の行きた証を残しておきたい、それは自分のためなのだ。 何を思って生きてきたのか、何を考えて生きてきたのか。

メタデータ

  • date: 2026-10-01