今日も資産管理アプリの作成に励む。保有銘柄の追加、入力画面をつくった。
あとは株価や基準価額の取得、今の保有銘柄の登録をすればよさそう。
ただ、例によって突貫工事の感があるからもう少し丁寧につくったほうが良さそう。
夕方は散歩がてらに近所のショッピングモールまで歩く。
そこのスタバでアイスコーヒーを飲んだ。大した意味もなくコーヒー代を払う...
無駄といえば無駄だが、息抜きといえば息抜きで...
正式な呼び方か自信はないが、wikipediaやopen street mapみたいな公共のデータ資産を積極的に使うようにしている。
特に今日散歩に行った先のスタバもOSMには登録されていなくて、私が入れてあげた。えらい!
アトリエアールも入っていなくて追加、
wikidataも追加した。
https://www.wikidata.org/wiki/Q141613244
ほんの1件だけでも今までなかったものを追記できると貢献している感があって満足感を得られる。
- wikimediaに会員登録
- iNaturalist https://www.inaturalist.org/home という植物や動物の写真を同定できるサイトを見つけて登録。これもgoogle lensよりも公共性が高くてなかなか良さそう。
- OSM、スマホにComapsというアプリを入れて入っていない店を登録。家に帰ってからOSMのHPで詳細を登録するようにしている。
もう少し使い方やルールをしっかり勉強したい。
仕事の役に立つとか立たないとかを抜きにしても自分の手元でできる限りの情報を管理しておきたいという想いは
強く持っている。自分に価値はないと思っているのに、自分の行きた証のようなものは残そうとしている。
もう随分と前だが、ツァラトゥストラを読んだ時に超人思想というか、来たるべき偉大な存在のための踏み台になる
というような考えがあったような気がする。私はそういう存在になりたいのかもしれない。私自身に価値があるかないかと言ったらたぶんないだろう。もちろん、人間なら誰だってそうだろうとも思うが。でも、それでも、未来の何かに対して役に立ちたい、あるいは、未来を損なうようなことはしたくないという想いがある。それが自分の奥底にあるものの一つなのかもしれない。
自立していたいという感覚と何かと繋がっていたいという感覚、ただ、身近な何かとのつながりを求めるというよりは
遠い過去の存在から学んだり、まだ生まれていない未来のなにかとつながる、そういうことが行動に現れているような感じもする。
もちろん、結局は自分のためにというのが行動原理になっていることは間違いない。でも、そこは最小限で良くて、
その最小限がどの程度なのかはわからないが。
とにかく、忘れたくないのだと思う。自分の行きた証を残しておきたい、それは自分のためなのだ。
何を思って生きてきたのか、何を考えて生きてきたのか。