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ずっとやりたかったことを、やりなさい 6週目の課題

2026年9月16日から1週間。と言っても、この週はすぐに終わった。

お金に関して。神はお金に関わらないとか、お金は悪だというのは思い込みである。

お金がないから美術館に行けない、ダンスのクラスに通えない、絵を描く道具を買えない... 神はそんなことのためには現れない?本当にそうだろうか。

今週のモーニングページであなたが信じている神とあなたが信じたい神について書いてみよう。

人は行き詰まるとお金のないせいにしがちだが、実際の障害は自分自身の圧迫感や無力感である。

(些細な贅沢、そういえば、「ツバメノート」を買ったのは私にとって嬉しいことだったかもしれない、 紙なんてなんでも良いやと思っていて、計算やメモ用にコピー用紙みたいな紙束を買ったりしていた時期もあったが。 思い返せば便箋を買って手紙をしたためていた時期もあったか。何かに書くというのはその頃からわたしの好きなこと、 だったのかな。というよりは、自分の感情や経験なんていうものはいつか忘れることになると分かっていたからこそ 刻み込んでおきたいと思っていたのだろう。その気持ちは今もハッキリと覚えている。)

お小遣い帳・エクササイズ

メモ帳を用意して何にお金を使ったかもれなく記入する。

わたしは仕事を初めて以来10年間Zaimで家計簿をつけ続けているし、そこにはどこそこの神社で賽銭として10円使ったということまで残っている。当初からお金の使いみちはその時々の興味関心を示す貴重な資料だと思っていたのだ。

本文中にあるような「往々にして、お金を費やすものと、価値を置いているものとは異なっている。」というのは私はそれほどのギャップを感じていない。ただ、お金を時間に置き換えたら言いたいことは分かるような気がする。

お金の狂気 文章穴埋めのレッスン

  • お金を持った人々は「質素倹約に努めた結果だ」
  • お金は人間を「利他的にする」(あるいは「強欲にする」。貯めた経緯によるだろう)
  • もし「私にもっと能力があったなら?」なら私はもっとお金を持てるだろう
  • 父はお金を「?」と考えた。(借金の保証人にはなるなと常々言っていた)
  • 母は、つねづね、お金を「?」だと思っていた(私の家庭で金の話が出てくることはほとんど無かった)
  • 私の家庭内ではお金は「?」を引き起こした(同上、すくなくとも私には何かが引き起こされたように見えなかった)
  • お金は「生きるために必要な最低限の手段」に等しい
  • もし私がお金を持っていたら、「利他的な活動や創作する人に貢献したい」
  • もし私がお金を使うのを許されるなら、「ささやかな家を建てて一人静に暮らしてみたい」
  • もしお金を持っていたら「散財してしまい贅沢を覚える」となるのが怖い(書いては見たが多分こうはならないだろう、私の性格上)
  • お金は「生きるための手段」である
  • お金は「トラブル」を引き起こす
  • お金を持つことは「幸せになること」ではない
  • もっとお金を持つためには「働き続けること」が必要だ(あるいは「足るを知ること」)
  • お金を持っているとき、ふつう、私は「投資か寄付に回す」
  • 私は、お金が「豊かさをもたらすことはない」と思う
  • もし私がケチでなかったら「寄付する額を増やす」
  • 人々はお金を「すべて自分のために使って良いもの」と考えている
  • 破産が私に告げるのは「?」(状況をイメージできない)

恵まれた人間の戯言のようにも感じられる。

今週の課題

自然の豊かさを味わう

ハイキングに出かけていることが当てはまるだろう。

さらに自然の豊かさを味わおう

自然のもので何かをつくるというのはできていないが、まあ、山のものを勝手に持ってくるのは犯罪になることもあるから日本ではやらないほうがいいかも...

かたづけ、その1 擦り切れた服を処分する

擦り切れた服はないが、色あせた下着を処分しようか...

創造しよう。パンやケーキを焼いてみる、料理をしよう

料理は鍋に肉と野菜を突っ込むくらいのことしかしていないが、玄米ご飯にかつお節をかけて食べるのだが、 最近健康のためにすりごまを掛けてみている。創造というのか分からないが、こういうのを考えるのは結構楽しかったりする。

コミュニケーションしよう。5人の友人にはがきを送る

これも時代錯誤感があるが、わたしはmisskeyでゆるいつながりを持てるようになったからそれでいいかな。

創造性の原理を改めて読み返す。一日一回読む。アーティストの祈りも読む

アーティストの祈りは4週目の課題でやっていない。

ここで改めて考えてみる。

「わたしはアーティストとして自分自身を表現する手段を持っている。」

これを祈りに変えると「私に自分自身を表現する手段と勇気を与えてください」こうだろうか。

google keepにピン留めしておくことにする。

かたづけ、その2--家庭環境の中に何らかの新しい変化があるだろうか

ポストカードやATCを本棚に並べることで自分の好きなイラストをすぐに眺めることができるようになった。

朝、炊飯したあとの米をラップではなくタッパーに入れるようにしたことで ラップの使用量を減らすことができた。

あと、バカでかい容器に砂糖を入れて保管しているのだが、ほとんど使う機会がない。 最近はプレーンヨーグルトにかけて消費しきったら容器を捨てて 砂糖自体を家から消し去ろうと思っている。

受け入れてみよう。人生に新しい流れはあるだろうか。

2026年1月から中国研修、帰国後にそのまま休職。 10年間働き続けていたところに区切りをつけたような状態になっている。

そういう中で自分の「生きがい」を探すために色々なことを試していた。 休職と言っても休み始めてしばらくは次の研修生のための資料整理をやっていた。

それが終わってからはその整理で身につけたアウトプット方法(mkdocs)を使って 今まさにしているように自分自身の生活や経験を表に出せるようになった。

そうしているうちに「アーティスト=絵を描くこと」という固定観念が崩れてきて 私自身も広い意味でのアーティストではないかと思えるようになってきた。

休職自体はネガティブなことだし、会社や仕事に対する信頼感が損なわれている状態に大きな変わりはないが、 自分の在り方についてこの数ヶ月で大きく理解が進んだように思えている。

経済状態やその見通しについての新しい変化はあるだろうか。

あなたがしたいと思っていることについて新しい、普通ではない考えがあるか。

休職中だから当然現金の絶対量が減っている。 ただ、傷病手当として標準報酬月額の2/3をもらえることになるはずだから、 申請さえすれば増えも減りもしないくらいの状態になるだろう。 資産の推移はグラフにしてすべてチェックしており、近似線を引くと5年後くらいには1億円を超えるような状況になっている。

金を稼ぐだけを目的にするフェイズはもう終わっているのではないかと思う。 もちろん、Full FIREをしてしまうほどの資産形成はできていないし、 それで幸せになれるとも思っていないが、このまま同じ仕事を続けていればあと5年でその域に達する可能性が高い。 復職できないのはその先の出口が見えていないからというのも一因なのかもしれない。 贅沢な悩みのように思われるだろうが私はごく普通のサラリーマンである。

5週目の課題で挙げた

  • 慈善事業に関わる
  • 自分の理想の場をつくる。やっぱり静かな喫茶店のような

というのはおそらく普通の考えとは大分ずれているように感じる。

こういうことを突き止めてなにかの形で実行に移すとしたら、あるいは、実行に移したら私は幸せになれるのか。 もちろん、どちらにしても自分が生きていく程度に必要な金を稼げる必要があるのに変わりはないか。

メタデータ

  • date: 2026-09-16