終日雨が降っていたのと昨日出かけた内容を整理したかったためずっと家にいた。
昨日のことといい、元気は取り戻しているのだと思う。
ろくに連絡もしないで、会社にはいかないけど、山には登るし個展にも行くし、
喫茶店でコーヒーを飲んでるし...端から見たら遊び呆けているだけだろう。
まあ、療養中といえばそれまでではあるのだが。
私の理解があっているのか良く分からないが、心療内科や精神科というのは症状に対して治療をする場という話を
聞いたことがある。実際、完全予約制というのもあって受付から会計まで15分もかからないで終わる。
眠れないなら睡眠薬、抑うつ状態なら抗うつ剤?SNRI?みたいのを処方される。
それを飲んだからといって急に元気になるとかそういう類の薬ではないのだ。そんな薬があるとしたら
それは麻薬の類だろう。
それを飲んで生活リズムを整えたり、元気のある間に活動幅を広げていく...
結局、治すのは診察と服薬じゃなくて、その間に自分が何をするかにかかっているのだと思う。
もし、自分の状態とか過去の事象について整理したいのだったら医者と合わせてカウンセリングも
受けたほうが良いということになるのかな。わたしは今そこまでの必要は感じていないが、
自分一人で考えるよりも誰かに聞いてもらったほうが考えの癖みたいのは直せるかもしれない。
そういう意味ではわたしが会社のことをすっぽかしてこうして会社以外の場で元気を取り戻しているのは
間違えてはいないのだろう、と信じてみることにする。
10年間、会社のことを中心に生きてきて、でも、その生活の出口がぼんやりと見えてきたところで
今回の海外研修があった。研修がどうこう以前にこれからの仕事と自分なりの生きがいとの間の
バランスのとり方も分からなくなっていたのだろう。
今はこうしてつらつらと文章を書いたり、misskeyのゆるいつながりを心地よく感じたり、
登山に行ったりそのための体力づくりをしたり、好みのイラストを集めのための情報収集をしたり、あちこち出かけてみたり、そうして仕事以外の生きがいを探している最中、と言ったら良いのかな。
いわゆる中年の危機というやつなのかもしれない。まあ、実年齢的にはそこまで歳を取っているわけではない...ないぞ!
中国研修は会社にとっては失敗でしかなかったのだろうが、私の人生を通しての経験という点では
あの失恋の次に重大な経験と言っても良いのかもしれない。
それは以前の日記にも書いたかもしれないが、mkdocsやnote、misskeyのようなアウトプットの場を見出したことだったり、こんな風に今までよりも淀みなく自分の言葉を紡ぎ出すというのがやりやすくなったことにも表れているように感じる。
自分が何をしたいか、何ができるかというのも見えてきたような気がする。
私はきっと、何かを生み出したり、創り出したりすることが好きなのだ。
自分自身ではこうして文章を書いたりプログラムを書いてツールを作ってみたりということをやっている。
それだけじゃなくて何かを創り出す人も好きなのだと思う。
COMITIAをきっかけに作家さんとつながるとか見つけることの楽しさを知った。
それは創作とは違うかもしれないけど、私が惹かれるものの組み合わせはきっと私だけのもので、
こういった活動の全体を通じて私自身を創作していると言うか、そんな感覚を持つことができるようになった。
その大元のきっかけは結局は中国研修だったのかもしれない。
研修に行く前から仕事に対して閉塞感のようなものを覚えていて、なにか違うことを、新しいことをしたい、
すべきだと感じていた。そして、中国研修中のあの暇と退屈を弄ぶような環境、仕事があっても
自分の領域外で何の役にも立たない状態を痛感させられたあの半年間、それが良くも悪くも私に対する
刺激になったのだろう。
それでも、いつ、なにが、どうして、と言われると良く分からない。一日一日日記を書いていて、
読み返せば何かしら思うところが見えてくるのかもしれないが。
あの無力感に苛まれるだけの研修で、悪い方向に心が動いてしまって休職という状態に陥った。
これも「経験」なのだろう。私は経験という言葉で物事を片付けるのが好きではないが、
会社に行く気力が失せて、病院にそれを伝えたら適応障害の診断書をもらって、
ほら、これだって「経験」ではないか。貴重な経験をしているね、と。
わたしは「経験」が嫌いだ。
中国研修はできないことに目を向けさせられる半年間だった。それは私の基質に問題があるのかもしれないし、
組織の構造上の問題も影響しているのかもしれない。どっちもどっちだろう。
また、信頼関係の問題もあった。大した理由もなくとりあえず行ってこいくらいの感じで研修を命じられて、
あの環境に人を置き続ける判断を下している人間に対する信頼感。
信頼関係がないとやってられないのだろうし、その信頼関係が崩壊してしまったことがこの研修の失敗の
全てだと思う。